WYSIWYG(ウィジウィグ)とは?

自分のアイディアを誰かに見せようと思ったら、まずは紙に手書きで書いたものを、コピー機で複写する方法が手っ取り早いかも知れません。

しかし、コピーを繰り返すことによって、不鮮明になってしまうと、細かい部分が見えなくなるかも知れません。

それならば、パソコンなどの中に、自分のアイディアに基づいたデジタル画像をつくれば、何度でも鮮明な状態でプリントすることが可能です。

 

このように、パソコンなどに保存してある情報をプリントする際に、その画像を作成したアプリケーションによっては、その画面で表示されている画像が、そのままの大きさで、プリントされるようになっています。

このように、パソコンなどの画面で表示されているものが、そのままの状態でプリントされる機能を「WYSIWYG(ウィジウィグ)」と呼んでいるようです。

これは、どのような意味を持っている用語なのでしょうか?

 

WYSIWYGとは?

現在利用されているパソコンでは、基本的に、その画面で表示されている内容が、そのままプリントされるように設計されています。

それより以前は、実際にプリントしなければ、どのような内容で出力されるのかが、予想できませんでした。

 

WYSIWYGとは「What You See Is What You Get」という英語の文章を、短縮したものです。

日本語で表現すれば「あなたの見ているものを、そのままの姿で、手にすることができます。」となります。

つまり、パソコンなどの画面に表示されている状態でプリントすることができるため、プリントすることなく、その画面上で作品の編集や修正をすることができる機能です。

 

本来の意味では、パソコンの画面と、実際に作成された作品が、全く同じサイズで、文字や、色彩なども同じであることが、WYSIWYGの要件です。

しかし、実際にはパソコンのモニターの解像度などの違いによって、多少の違いは存在します。

また、色彩に付いても、モニター毎の特性によって、微妙な差が出てしまいます。

 

それでも、一例としては、Apple社のパソコンであるMacintoshは、初期の製品では、厳密なWYSIWYGを実現するために、モニターと、プリンター、及び印刷用フォントの解像度を、もっともWYSIWYG的な完成度が高くなる(画面表示と、作品の差がでない)数値にしたものを販売していました。

現在では、表示と、出力結果の完全な一致を、WYSIWYGの要件とするような考えは、なくなったようですが、それでも重要な機能の一つであることは、変わりません。

 

WYSIWYGはなにがすごい?

現在では、当たり前の機能ですが、このような機能を実現することによって、出版や、美術の世界でも、コンピューターを導入する流れがはじまりました。

特に、雑誌の編集などの分野では、WYSIWYGの果たす役割は、非常に大きなものとなっています。

また、芸術の分野でも、コンピューターを利用した新しい分野が誕生することにもつながりました。

 

モニターに表示された状態と、実際に完成した作品が、ほぼ同じ状態でなければ、利用価値が認められない分野では、このWYSIWYGの誕生によって全く新しい時代がスタートしました。

画面上に存在している、視覚化されたボタンなどをクリックすることで、簡単にコンピューターへ命令を行うことを可能とする「GUI(グラフィカル・ユーザー・インターフェイス)」と並んで、現代のコンピューターの基本的な設計思想の一つです。

 

どちらの仕組みも、モニターの中に表示されている情報が、そのまま結果に結びつくように設計されたシステム、と言えます。

そのため、画面の中で、新しいものを創り上げる能力を持っていれば、それを実際の作品にする作業は、コンピューターに任せることができます。

 

コンピューターの専門的な知識がなくても、自分の感性に従って、新しい作品を創り上げることが可能です。

このような機能は、それぞれの頭の中に描いている仮想的な世界を、実体のあるものへ変換させる手助けをするツールである、と言えるのではないでしょうか?

 

WYSIWYGで身近になった世界

当たり前の存在が、実は、非常に重要な存在であった、と言うことは、よくあることです。

現在のデジタル化された世界で、もしもWYSIWYGや、GUIのような、視覚的にコンピューターの各機能を利用できる仕組みが、存在していなかったら、どうなっていたでしょうか?

おそらく、これらの仕組みが誕生していなければ、現在のようにデジタル化された社会は、実現していなかったとは思います。

それでも、これらの非常に便利な機能が、全く存在していないデジタル化社会が、もしも、やってきていたら、どうでしょうか?

モニターを見ても、全く何もわからない世界、出力するまでは、結果がわからない世界、問題が発生するまでは危険が予知できないような世界に住むことを、余儀なくされていたかもしれません。